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2016年3月

2016年3月20日 (日)

本日の映画 『サベージ・キラー』

 『サベージ・キラー』
 2013年 アメリカ 監督:マイケル・S・オヘダ

 *本記事は、グロテスクな表現を含んでいます

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 この作品、観賞すべきか否か、悩んでいました。
 事前情報で、概要を知ってしまったからです。
 女性が暴行・凌辱され、後に犯人共への凄惨な復讐劇へと化す。
 有名どころでは、『アイ・スピット・オン・ユア・グレイブ』が想起されます。

 
 ホラー史上に名を残す作品ではありますが、私は観ていません。
 私的にこのジャンル、苦手です。
 いくら映画とはいえ、可哀想になってしまいます。
 私のホラーへの愛着は、エンターテイメントが大きなキーとなっており、真の恐怖などどうでもよいと思っています。
 だから、作品のテーマとして悪魔・化物といった超常的存在を好み、リアルさなぞ追求していません。

 一方で、真の恐怖とは何かを追求する作品も存在します。
 日常に自分の身に起こるかもしれないリスク。
 人の心の深奥に潜む歪み。
 これらをテーマにするには、リアルさの追求が必要になってきます。
 手っ取り早いのは、実際に起きた犯罪です。
 人と人の関係において、発生するかもしれない歪み。
 それを描写すれば、恐怖度は自ずと高まるでしょう。
 ただ私的には、そのような恐怖を知ったところで、何も楽しいことがない。
 趣味として楽しむ時間を、あえて真の恐怖の追求に費やす精神構造ではないのです。

 こういう考えがあって、本作の観賞は躊躇していたのですが、何やら心惹かれるポイントがありました。
 
 復讐劇が、エグいらしい。

 描写がスゲェということなんでしょうか?
 ホラー映画マニアの好奇心に火が点ります。
 スゲェなら、観るべき!?
 興味はDONDON加速し、いつのまにか本作を手にしていたのでした。

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 さて、作品レビューに移りましょう。
 ヒロイン・ゾーイ、長い金髪の美女じゃありませんか。
 こんな娘が、悲惨な目に遭ってしまう!?
 ウツい。
 これだけで、私の心はウツに支配されそう~。
 

 父親の形見である車で、一人ドライブ旅行に出かけました。
 ゾーイは、何と聾唖者という設定です。
 あ~、どこまでウツいんだ、まったく。
 更に、結婚を間近に控えていることが明らかになり、ゾーイの帰りを楽しみに待つ婚約者も描写されました。
 く~、ウツさで身悶え必至じゃないか。

 広大なアメリカの地。
 結婚前の女一人旅。
 何もないような田舎でも、私たちは油断しません。
 レザー・フェイスが、いるかもしれません。
 でもゾーイは、『悪魔のいけにえ』観ていなかったのでしょう。

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 出てきちゃいました。
 男くせぇ奴らが。
 レザー・フェイスではありませんが、見るからに悪人風情です。
 で、まあ予想どおりのことが起こり、終いにはゾーイをナイフで刺して、地中に埋めてしまいます。

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 あれ、死んだら、復讐劇に発展しないのでは……。
 心配御無用。
 救世主であるアパッチ族の男が現れました。
 ゾーイを掘り出し、施術を行います。
 原住民に伝わる秘法でしょうか?
 横たわるゾーイの横で、踊り、祈りを繰り返すアパッチ野郎。
 すると、あらワンダー。
 ゾーイが息を吹き返しました。
 おお、ファイトー、復活ーッ!!

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 でも、ゾーイの様子が何か変です。

 
 「奴らを地獄で彷徨わせてやる~」


 なんて発言も飛び出し、自分を襲った悪党どもの追跡を開始。
 ターミネーターばりの活躍で、奴らをHELLに送っていくのでした。

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 どれほどウツいかと心配していた女性暴行シーンは、意外なほど描写が配慮されていました。
 心的ダメージは少なく、後のリベンジ劇もエンターテイメントとして味わえます。
 リベンジの描写は、なかなかのグロ注意報。

 ホルモンを引き摺り出し。 

 超至近距離からの弓矢連射などなど。


 ゾーイ自身も、車で思いっきり轢かれたり、手首が取れてテープでくっつけたり。
 ?と思うかもしれませんが、その理由は作品を観てのお楽しみということで。

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 エグい描写に拍手喝采ですが、せつない部分も並行して描かれています。
 婚約者との再会シーンなど、胸が詰まります。
 思い入れのない人からすれば、単なるバカ映画かもしれませんが…。
 中盤からラストに配置された痛快さや緊張感、そして悲哀のバランスの妙を、是非とも楽しんでいただきたい作品です。

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2016年3月13日 (日)

本日の映画 『ザ・デッド インディア』

 『ザ・デッド インディア』
 2013年 イギリス 監督:ハワード・J・フォード、ジョン・フォード

 *本記事は、グロテスクな表現を含みます

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 ゲーム『DOOM3』をクリアしました。
 初めのうちは画面に酔い、1時間以上の続行は不可能な状態が続いていました。
 身体が馴れたのか、次第に酔いの影響は薄れ、内容にもジワジワとハマっていったのです。
 ラスボスの巨大さにテンション・アゲアゲだったものの、総合的にはやや期待外れ。
 先に『DEAD SPACE』を体験していたからかもしれません。
 会社の昇職試験があるにも関わらず、意識はDOOMオンリー。
 受かるわけないな、これじゃあ。

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 さて、本作。

 インド舞台のゾンビ映画といえば、『インド・オブ・ザ・デッド』が記憶に新しいですね。
 この作品の作風は、ハリウッド的なエンタメでした。
 本作も同様かと思われましたが、実際は正反対。

 簡単にいえば、『ナイト・オブ~』の流れを組む、正統派ゾンビ作品と分類できるでしょう。

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 主人公は、アメリカ人電気技師ニコラス。
 恋人イシャニからの電話で、彼女が妊娠したことを知る。
 しかし、街の様子がどうにもおかしい。
 不安を訴えるイシャニ。
 そう、死者が蘇り、人を襲っていたのだ。

 

 イシャニに危機が迫っていることを知り、ニコラスは500キロメートル離れたムンバイを目指す。
 途中、孤児の少年ジャベドと出逢い、行動を共にする。
 地獄さながらの様相を呈すインドの地。
 果たして、ニコラスは無事イシャニと再会することができるだろうか……。

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 監督のフォード兄弟による前作が『ゾンビ大陸アフリカン』と聞いて、大納得。
 作風が、ほとんど変わりません。 
 アフリカからインドへ。
 ゾンビ飽和状態のホラー映画界において、少しでも斬新さを追求した一つのカタチが舞台設定にあるといえます。
 異文化とゾンビの融合は、少なからず変化を生み出します。
 このパターンでいけば、文化的に特徴のある国は今後もゾンビ上陸の可能性が高くなりますね。
 ゾンビ誘致で経済効果を創出。
 うーん、ビジネスの香りがプンプンですな。

 さてさて、本作のゾンビに目を向けていきましょう。
 レベル的には、まあ普通。
 ビジュアル的に気に入った個体はありませんので、もう少し改善の余地はありそうです。
 監督自身は、おそらくもっと高尚なテーマを持っていて、デザイン的な魅力を重視していないかもしれません。
 しかし、ゾンビ作品を好んで観る人々は、やはりヴィジュアルのエンタメを期待するわけで、そのギャップは意識してほしいと思います。

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 実際、ゾンビ・デザイン以外は、製作側の相当な思い入れを感じとることができます。
 パラグライダーを使用しての脱出劇。
 遺跡や廃墟を取り入れたロケ地の工夫。
 ラストに向けた伏線の数々。
 作品の半部以上は、ロードムービーとして仕上がっているので、これは退屈な部分になってしまうリスクもあります。
 それを少しでも解消すべく、意図的に変化を取り入れているのです。

 ゾンビは、スロータイプながら、緊迫感をしっかり感じさせる演出です。
 主人公の感情もきちんと表現できていますし。
 ニコラスの過去が露呈するにつれて、人間ドラマとしての厚みも増していきます。
 そしてバカ真面目という言葉が似合う、徹底的な悲哀。
 ゾンビ化の蔓延から派生する様々な哀愁ドラマは、時に皮肉を交え、人とは何ぞやという高尚な哲学を全力投球するかのように展開するのです。

 特筆すべきは、一つのシーン。
 チャーリーでも、マーチンでもありません。
 監督がいかにこのテーマと真摯に向き合い、観客にシンキングを促すような問題シーンがあるのです。
 なんと主人公がゾンビ化していない少女をヘッドショット!
 ホラーといえど、子供が死ぬシーンは、そんなに多くありません。
 ましてや、銃で頭部を撃たれるなんて。
 さすがに、これには十字を切って弔いましたよ、ワタクシ。
 ちなみにゾンビ化した少年も頭ふっ飛ばされていました。

 ラストも含め、出来栄えとしてはかなりの完成度。
 しかし、エンタメを求める観客にとっては、刺激不足は否めません。
 ゾンビ作品に飽食し、それでも新しいゾンビ映画の誕生を願って止まないマニアたち。
 仕事していても、ゾンビ作品のストーリーを考えてしまったり。
 誰もいない駅のホームで、両手を前に出して、片足引きずって歩いてみたり。
 そういう人に認められるような作品だといっておきましょう。 

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